2019年10月17日

♪遠藤啓輔のコンサート日記♪〜2019.10.16〜

 藤岡幸夫が関西フィルと魅力的なプログラムを演奏。この斬新な選曲は全国的に注目を集めたようで、関東の常連仲間と大阪で会うという逆転現象(?)も生じた(2019.10.16。シンフォニーホール)。

 前半は藤岡得意のウォルトン作品から、ヴァイオリン協奏曲。独奏は、大阪が生んだ世界の至宝・神尾真由子。今日の演奏の特徴は、静けさ。扇情的なトリル、生気に満ちた不協和音と対照的に冷たく無機質な音響の対比など、紛れもないウォルトンならではの音楽が、静かに展開していく。交響曲やベルシャザールとはまた異なる、静かだからこその凄みがあった。

冒頭はカオスの中でオーケストラが、リズミカルな動機や上昇音型、シンコペーションなどこの曲の核となる要素を提示していくが、梅本貴子のクラリネットを先頭に、静かで柔らかな中にも明瞭な発音を伴って演奏し、動きがしっかりわかる。当初はこのオーケストラの音響に埋もれていた神尾のソロが、徐々に前面に出ていくが、圧倒的パワーで威圧するようなことはない。第1楽章は全体的に暗めの音色で、(矛盾した言い方を敢えてするが)声を上げずに慟哭するような凄みがあった。明快な形を取らないカオス的音響とテンポ変化が支配する冒頭部分が鬱々とした印象を与えていただけに、自然に流れていくコン・モートに入るとほっとした気持ちになる。また、一瞬聞かれる舞曲風の挿入が、静かな中にも強い印象を与える。冒頭にファゴットやチェロで示された上昇音型が後半になって、風早宏隆率いる弱音器付トロンボーンで再現される場面では、カオス的な響きの中にもクリアな動きが聞かれ、説得力があった。

2楽章では、神尾は第1楽章とは対照的にスルポンティチェロ気味の張りのある音色をも多用し、多彩な色彩の妙味を見せる。一方で、静かな印象は継続され、フォルティシモが指定されたオーケストラの冒頭ですら、決して威圧的・開放的にはならない。しかも、静けさを基調にしていながら、その中にさらに強弱による遠近感を作っていたのが素晴らしい。例えば中間部の松田信洋のホルン・ソロが、主役でありながらも徐々に周囲の音響よりも音量を落としていき、主人公が遠ざかっていくような雰囲気を出したのは、スコアの読みが深い藤岡ならではのデリケートな表現だった。この楽章に頻出する変拍子は動きに自由を与えるものとして作用し、進みそうで進まない不自由さを伴っていた第1楽章と対照的な印象を与えた。

フィナーレは、端正な雰囲気と推進力とを大切にした演奏で、先行楽章とはこれまた異なる印象を与える。そうした中にも、時おり挿入される舞曲風の音楽が強い印象を与える。これはもちろん、第1楽章でも聞かれた舞曲との連続性を感じさせ、音楽に説得力を与える。そして、こうした静かで悲しげな音楽の中での舞曲は、シベリウスの「悲しきワルツ」と同様に、まるで死者と踊っているかのような印象さえ受ける。神尾のソロの背後で蠢く木管の伴奏にも、死者との円舞の残り香を感じさせる。ヴィオラによって先行提示された動機をソロがリフレインする箇所で音楽がアクセルを踏みなおし、妖艶さをも備えた後半へと転換する。そしてコーダは、金管楽器が開放感を持って(しかし音色には寂しさを漂わせて)歌うが、これに応答する神尾のソロには歯ぎしりをするような苦しさがある。この残酷なまでの対比に、戦争の不穏を背景に持った作品なのだということを思い出さされる。

地元が生んだスターによる、心の深淵にのめり込んでいくような凄みのある名演に対し、熱い大阪の聴衆はいつものような歓声の絶叫ではなく、落ち着いた拍手によって讃えた。当然である。ウォルトンの音楽と今日の演奏が、静かに訴えかけるものだからだ。成熟した大阪の聴衆は、その演奏との連続性を持った拍手によって前半を締めくくったのだ。

 後半はハチャトリアンの交響曲第2番。膨大な打楽器や2台のハープ、ピアノを駆使した豪華絢爛な楽器編成だが、それだけにかえって、シンプルな楽器の生の音が印象に残る見事なオーケストレイションであった。第1楽章は冒頭からチューブラベルを中心とした打楽器の炸裂が印象的だが、音楽が進むにつれて、中島悦子率いるヴィオラのパート・ソロや、ほかの楽器をブレンドしない木管のソロなど、楽器それ自体の音の美しさが目立つようになる。高崎雅紀(客演)のイングリッシュホルン、鈴木祐子(客演・京響)のバスクラリネットなど特殊楽器のソロも印象的だが、圧巻は星野則雄のファゴット・ソロ。悲しげな高音の悲歌から、低音のドスの効いた語りまで、多彩な表現を聞かせた。そして、「ハチャトリアンって凄い!」と思わされたのが再現部。絢爛豪華に提示された冒頭主題が、再現部ではほぼ弦楽器のみで演奏されたのだ。これによって、弦楽器の音色の美しさと、ハチャトリアンの旋律の美しさとが同時に強調された。コンサートマスター岩谷祐之率いる弦楽器は、弱音器を付けてのフォルテなど、弦楽器だけで多様な音色のパレットを持つことを見事に示してくれた。ハチャトリアンの旋律は、簡潔なリズムの中に時おり挿入された装飾音符が妖艶な色彩感を放っている。そして楽章の最後は、ハープの強烈な不協和音が不思議な印象を残す。

 第2楽章はスケルツォで、3段階ほどにテンポを変換する自由さが魅力だ。この楽章でも、遅いテンポを取る中間部がほぼ弦楽のみで演奏されるなど、(絢爛豪華なオーケストラだからこそ)シンプルな楽器の音の魅力が光る。

 第3楽章はロマン派にありがちな雄大な緩徐楽章ではなく、ハイドンに先祖返りしたかのような、端正だが動的なテンポの音楽。しかし紛れもなくこの曲の白眉である。冒頭はハープとピアノの不協和音が不気味な印象を与える。第1楽章最後の不穏が、第2楽章での伏流を終えて、ここでまた噴出したのだ。そして、伴奏が十字架音型風に蠢いていたが、やがてそれがグレゴリオ聖歌の『怒りの日』の形をはっきりと取る。そして、グレゴリオ聖歌と、ホルンのヒロイックな旋律が、まるで異種平行のように並置された。ソヴィエト時代の作曲当時、為政者は宗教を敵視していたはずだ。そんな時にあからさまな宗教音楽の引用をするのは、かなり勇気のいることだったのではないだろうか? そうすると、対置されたホルンの主題も何かの暗号ではないか、と勘繰りたくなってくる。クライマックスは暴力的な大音響となるが、そんな中でも藤岡は、音程をしっかり取って旋律線を浮かび上がらせ、音楽としての流れをきちんと表現する。

 フィナーレは白水大介率いるトランペット3本のみのファンファーレから始まるが、決して「華麗」「きらびやか」といったものではなく、土俗的で暗鬱な雰囲気を漂わせたものであった。ハチャトリアンが何か単純では済まない考えを腹に納めながら作曲していたことを思わせる。僕は、ハチャトリアンは『仮面舞踏会』組曲しか演奏していないこともあって、真剣に勉強したことがなかったが、ショスタコーヴィチと同様に深追いし甲斐のある作曲家であるように思われた。

 最後は大阪の聴衆が、この作品と力演にふさわしく、歓声の絶叫と熱い拍手で締めくくった。

posted by ちぇろぱんだ at 22:08| Comment(0) | 遠藤啓輔のコンサート日記 | 更新情報をチェックする

2019年10月14日

10/13岩井先生レッスン♪

こんばんは。
クラリネット吹きのゆきんこです!
今日は岩井先生のレッスンでした♫
岩井先生のレッスンは本当に素敵でオケの響きや曲に対する表現の仕方凄く勉強になりました。
響きを今日はしっかりと感じれたのではないでしょうか。
そして和声の中で動く弦楽器や木管(はい、そうです。クラリネットです;)はその和声を感じ取りながら尚且つ一緒の動きをしてる人とも演奏する。これって本当に大事でそれが出来ないとぐちゃぐちゃっとした場面だったな〜で終わってしまうんですよね。

それに体力も足りずフィンガリングもまだまだで...譜読み不足だったなと反省でした。
音楽は美しい場面では美しくなければならない。そういう作業が出来るまでになるにはもう少し余裕が持てるようにしっかり練習したいって思いました。
ドヴォルザークもリムスキーコルサコフもどちらも本当に素敵な曲です。
自分自身がその曲に取り組めることに感謝して本番いい演奏会になるように頑張りたいと思います。
posted by ちぇろぱんだ at 00:08| Comment(0) | 練習風景 | 更新情報をチェックする

2019年10月13日

ふぃろの愉快な仲間たち〜トランペット〜

ふぃろの愉快な仲間たち*\(^o^)/*
5回目はトランペットから遠藤さん◎
団内指揮や、ブログのコンサート日記、ふぃろ恒例企画の歴史散歩主宰などなど、多方面からふぃろを支えてくださる大黒柱です♪

♬いつからトランペットやってる?
    → 始めたのは小学4年の鼓笛隊なので、36年前ですね。所々でブランクがありますが、1995年に池田俊先生に師事してからはずっと継続しています。

♬トランペットを始めたきっかけは?
    → やはり鼓笛隊の花形はトランペットなので

♬フィロ歴何年? フィロに入ったきっかけは?
    → 1996年3月の創立以来、ずっと続けています。だからフィロ歴は23年かな。人生のちょうど半分をフィロムジカと過ごしたことになるね。
 通っていた大学には吹奏楽団しかなかったので、アマチュアの管弦楽団を探していたところ、フィロムジカという楽団を新しく作るというチラシを受け取りました。創立者の小林香(現在は舞台演出家として活躍しています)が「あまり演奏されない曲を積極的に取り上げる楽団にしたい。例えばヒンデミットであれば『画家マチス』以外の曲を敢えてやるような。」と語ったのに共感して入団を決めました。

♬トランペットのここが好き!
    → 金管楽器の中で、ホルンは森(あるいは自然)の声、トロンボーンは神の声を代弁するのに対し、トランペットは人間の声を代弁している、と思っています。そのため、平素はリズムの補強ばかりしているのに、ここぞという重要な場面ではファンファーレや讃美歌風の旋律など人間感情に直接訴えかける役割を任されます。リズムという音楽の骨格を存分に楽しみつつ、作曲者が一番訴えかけたい言葉を叫ぶこともできる。作品の面白さを一番味わうことができる楽器だと思います。

♬トランペットのここが難点!
    → なんといっても唇が疲れると音が出なくなること。疲れにくい吹き方も重要なテクニックではあるけど、やはり限界はあります。本番直前は、疲れないように練習をうまくサボることも重要です。
 それから、ちょっとした気持ちの乱れが失敗につながるのも難点ですね。トランペット奏者は概して尊大に見えるけど、これは自己暗示をかけているだけです。本当は傷つきやすい繊細な人間が多いと思いますよ。

♬リムスキーとドヴォ、それぞれの曲のお気に入りの場所や、聞きどころを教えて!
    → リムスキーコルサコフはオーケストレイションの名手だけあって、トランペットならではの張りがあってはっきりとした音色を効果的に使っています。ホルンともトロンボーンとも違う、トランペットだけの動きが場面転換で重要な働きをします。
 ドヴォジャークは信仰心の篤い人だということがトランペットの使い方からもわかりますね。天使が吹くラッパをイメージしたような部分があるほか、教会の鐘の音をトランペットで模倣したのではないか、と思われる個所もあります。

♬12月の定演、意気込みをどうぞ!
     → 僕はとにかく芸術を理屈で理解しようと思っているけど、そうは言ってもその理屈に最終的に生命を与えるのは、やはり情熱。最後まで情熱を燃やし続けながら、作品を楽しみたい、楽しんでもらいたい。

♬次のアンサーをトロンボーン団員の中から指名してください。
     → ではヴェテランつながりでHMさん。

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お写真は遠藤さんの相棒のベストショットです◎
ちなみにタイトルは、「所有楽器の4分の1」。
なんと、お家にもっとたくさんのいろんな子がいるようです!
posted by ちぇろぱんだ at 18:28| Comment(0) | ふぃろの愉快な仲間たち | 更新情報をチェックする