2020年12月13日

遠藤啓輔のコンサート日記(2020.12.12)

 未来の巨匠の出現に立ち会ったのかもしれない。関西フィルのベートーベン9番の公演は指揮者が文字通り二転三転し、当日登壇したのは28歳の若手、熊倉優だった(2020.12.12。シンフォニー・ホール)。
 開演前、弦楽器が古典配置に並んでいるのを見ただけでこの指揮者がこだわりを持った人物であることを期待させたが、演奏が始まってすぐに、その期待は確信に変わった。冒頭の動機の断片をやや伸ばし気味に演奏。この動機は、インパクトを重視して鋭く短く演奏する人もいるが、熊倉の今日のスタイルは「しっかり歌い込むベートーベンにします」という宣言のように思われた。実際、動機が旋律として形を取ると、予想通りテヌート気味にしっかりと歌い込んでいた。しかし、かといって濃厚な歌いまわしではない節度もある。いやむしろ、テンポ変化を全体的に軽めに済ませ、(各楽章の最後も含めて)フレーズの区切りをあっさりと切り上げており、全体としてはドライな印象も残る。つまり、しっかりと形を取ったメロディーと、ベートーベンらではの構築の簡潔な立派さを両立した演奏が実現していたのだ。提示部第2主題は僕好みのベーレンライター社版に拠っていたのが嬉しい。コーダでは松田信洋のホルンの素朴な音色が良い。
 第2楽章は今日の演奏の中でも出色の出来栄え。フーガの第1主題は、古典配置だとカミテからシモテに向かって順次弦楽器が加わる視覚的にも面白いオーケストレイションなのだが、意外と実演でその効果を感じることが無い。しかるに今日は、カミテからシモテへと音楽が積み重なっていく様相が(視覚的以上に)聴覚的に良く分かった。これは、第1楽章と同様にメロディーを丁寧にしっかりと歌い込む演奏スタイルだったため、順次加わる第1主題のそれぞれに存在感があったおかげだろう。第2主題は熊倉が喜びにあふれた表情で指揮していたのが印象的だが、木管群がその表情さながらに明るい音色で華やかに演奏していたのが印象的。リピート大好き人間の僕としては嬉しいことに、スケルツォ提示部はリピートをすべて実施。ティンパニ・ソロは中山直音が太く重々しい音でこの場面に求められる衝撃を遺憾なく表現。そして、スケルツォ主部のクライマックスと言うべき第1主題の再現は、弦楽器と木管楽器が異なる動きをする譜面通りのスタイルを取った。これが説得力を生み出した。譜面通りだと、一瞬ではあるが木管から弦楽器へという主役の交代が生じる。これが、弦楽器(第1主題)と木管楽器(第2主題)のこの楽章の2大主役の揃い踏みのような効果を出したのだ。いや、この直後にティンパニの乱打が入るので、3者揃い踏みと言うべきか。第1主題、第2主題、ティンパニ・ソロ、それぞれをしっかりと印象深く演奏したからこそ生まれた、説得力ある原典忠実主義だった。トリオは旋律の美しさを充分に堪能できる心地好さも備えた節度ある快速。とりわけ印象的だったのはオーケストラが管楽器だけになる部分。極限の静けさだが、かといって肩が凝るような緊張感は無い、リラックスした静けさを堪能できた。そしてトロンボーンが輝くクライマックスでは、ヴァイオリンが全音符で伸ばすブライトコプフ社新版と同じスタイルを取り、透明感の中にも重層感を実現。スケルツォ主部ダ・カーポ後のコーダは、最後の音にスフォルツァンドが無いことを重視した、軽く余韻を残す収め。徹頭徹尾、僕好みの演奏を実現してくれた。
 第3楽章は、アダージョとしてはやや速めのテンポ設定だが、そのぶん躍動感がある。そして、両主題部とも、岩谷祐之率いる弦楽器を中心とした歌い出しと、管楽器による合いの手、という応答によって構成されていることが強調されることになり、テンポ設定が音楽の流れの把握しやすさにつながっていた。そしてこの楽章でも、トリオにおけるのと同様の、ほぼ管楽器だけによる部分の静謐さが印象的だった。ここではさらに、弦がピッツィカートだけで加わっているところにベートーベンの前衛性が光っている。
 アタッカで入った第4楽章も説得力のある演奏。低弦のレチタティーヴォが語り掛けるような優しい歌い方で、先行楽章主題と対決しても、決して頭ごなしに否定するような印象を与えない。むしろ内省的に自問自答するようで、それが「歓喜の主題」を静かな感動を持って迎え入れることへとつながった。静謐に演奏された「歓喜の主題」は、特に星野則雄、河渕伸子の2本のファゴットの柔らかな音色が素晴らしい。そして静謐なぶん、トランペットが加わってからの祝典的雰囲気が強調された。そして、与那城敬の語り掛けるようなバリトンに続いて、本日の合唱団である関西フィル合唱団が加わる。関フィル合唱団は本日のテノール・ソロである畑儀文が指導する、宗教音楽に抜群の親和性を示す合唱団である。今日の熊倉の丁寧な演奏によく合った清澄な演奏を聴かせてくれた。「vor Gott」はベーレンライター社版に従ってオーケストラのディミヌエンドは無かったが、簡潔な構築重視の今日の演奏に合っている。その後のトルコ行進曲は、熊倉の指揮者としての力量を特に感じさせた部分。右手の指揮棒付近を軽く動かして早めのテンポを示すだけで、全身を使った表現はほとんどしない。しかしそのことがかえって、リラックスした軽みのある音楽がプレイヤーから自発的に出てくることにつながったのだ。畑のソロはコミカルで、バッカスの祭典といった雰囲気。そして虎谷朋子のピッコロが存在感を発揮し、交響曲の中に異質なトルコ行進曲を挿入した面白さを強調していた。熊倉の力量はテンポにも表れている。このトルコ行進曲のテンポは、直後のオーケストラによるフーガ風の展開のテンポをも決定することになるのだが、早めのテンポを取ったことで、この箇所に畳みかけるようなスピード感が加わることになり、ベートーベンならではの立派な音楽を堪能できることになったのだ。ベーレンライター社版による意外性のあるホルンのシンコペーションに続いて「歓喜の主題」の大合唱になるが、さらに関フィル合唱団の特色が発揮されたのは、その後のトロンボーンとのアンサンブルだ。人数を絞って、マスクを装着したまま歌っていたこともあり、合唱の音量はオーケストラを掻き消すほどにならず、熊谷和久のバス・トロンボーンの音色がはっきりと聞こえてくる。これが、トロンボーンが表現する神の声が、合唱による言葉を伴って聞こえてくるようだった。宗教音楽を得意とする関フィル合唱団の面目躍如と言うべき名場面であった。声楽が歌い終えてからのオーケストラのコーダは、伴奏音型の段階差によって音楽の熱量を盛り上げ、構築重視の今日の演奏を最後まで一貫させていた。熊倉優のベートーベン9番、また聴きたい!
posted by シャーリー at 11:54| Comment(0) | 遠藤啓輔のコンサート日記 | 更新情報をチェックする
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