2017年08月09日

げんぶんそー

遅くなりましたが、こないだの練習は分奏でした◎

ちぇろぱんだはチェロなので午前中の弦分奏♪

この日はお仕事だとかで参加人数が少なく、ヴァイオリン2人、チェロ2人、ベース1人だったので、さらにヴァイオリンとチェロベースで分かれてパート練習に◎

チェロ2人はベースのお兄さんにみっちりゴリゴリしごかれてきました〜( ´ ▽ ` )

午後からは管分奏なので撤収して、ヴァイオリンのグルメなお兄さんにハンバーグのおいしいお店に連れてってもらいました( *`ω´)

ハンバーグ、文字に表せないくらいおいしかったです!!

また行きたい! 今度は夜に行ってみたい!!


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そのあとは前回のブログでもちょろっと話していた現代風な和菓子のお店でプリンを買って、そのあとは仲良しチェロ2人でお買い物、お茶して帰りました♪

午前練、午後からのんびり遊べるし、たまにはいいですね(*´︶`*)


今週末はお盆なのでフィロはお休み!

お盆休み楽しんできます( *`ω´)

何も予定ないけど!笑

posted by ゆかもん at 23:49| Comment(0) | 練習風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

♪遠藤啓輔のコンサート日記♪〜2017.08.02

 大阪新音フロイデ合唱団の演奏会。指揮は沼尻竜典、オーケストラは大阪フィル。
 最初にメンデルスゾーンの『讃歌』。攻撃的な歌詞とは裏腹に、音楽はメンデルスゾーンらしい端正なもので、激烈な感情の表出は避ける。合唱はそうした曲の雰囲気を大切にした穏やかな歌いぶり。その中にあってアルト独唱の竹本節子は、基本的には穏やかな音楽運びをしつつも、発音に細かな抑揚をつけて存在感を出し、響きの中のスパイスの役割を果たしていた。

 続いてオーケストラだけでベートーベンの傑作・第8交響曲を演奏。この曲にはベートーベンの魅力を蒸留・濃縮した曲、というイメージを持っていたが、今日の沼尻の演奏は密度の高さよりも大フィルらしいおおらかな響きを前面に出していた。こうなると、この曲の健康的な明るさがより印象的になる。肯定的な祈りの音楽に挟まれた今日のプログラミングにふさわしい演奏となった。

 休憩のあと、ブルックナーの『テ・デウム』。稀代のバリトン三原剛ら贅沢なソリストを揃えたが、中でも田崎尚美(ソプラノ)の激烈な感情表現が印象的。最初は「宗教音楽にしては躍動的過ぎるのでは?」とも感じたが、この疑問は後で解決する。
 合唱は、荘厳な冒頭に続く「sanctus」の静謐な歌い出しが感動的。さらに見事だったのはその直後のスビートff。ピアノの後にフォルテが来ると、ここぞとばかりにガンガン大音響を出したくなるのが演奏者の性だが、ここで合唱はフォルテらしい張りを実現しつつも、歌い出しのppで聞かれた祈りの静謐さの雰囲気を維持していた。ゲネラル・パウゼの前の一瞬のア・カペラ部分でも、品のあるフォルテが維持され、ブルックナーらしい簡潔な美しさを実現していた。
 異色だったのは「Te ergo」以降。モデラートのこのブロックを、沼尻はかなりの快速で演奏。この速いテンポだと、清水徹太郎の輝かしい声質とも相まって、若々しい生命力に満ちた音楽に聞こえてくる。『テ・デウム』は、作曲家としてはまだ壮年期ともいうべきブルックナー60歳前後の作品。沼尻は、この曲に内在するそうした「若々しさ」を強調しようとしたのか。そう思うと、田崎らソリストの激情にあふれた表現も納得がいく。チェ・ムンスのヴァイオリン・ソロは、新日本フィル(アルミンク指揮)で聴いたときは「テ・デウムにしては元気が良すぎるのでは?」と感じたものだが、きょうのこの解釈だとチェの力強い弾きっぷりが実に良く合っている。
 「Aeterna fac.」以降のフォルテは、「sanctus」での落ち着きのあるフォルテとはまた異なった、直截的に感情が溢れ出すようなフォルテだった。「sanctus」との表現の違いを思うと、「祈り」の様々に異なる形が表現されているように感じられた。静かにしみじみと神を讃えたいときもあれば、憑かれたように熱狂的に神に感謝したいときもあろう。そうした多様に異なる祈りの気持ちを、同じffでも異なる表現で実現していたように感じられた。
 フーガの直前では、大阪フィルがブルックナーの指示通り連続ダウン・ボウでかっちりと演奏。これから重要なフーガが始まることをしっかりと予告した。そして今日の白眉はフーガの後の7番からの引用部分。オーケストラを中心とした音の上昇を、高いところにいる合唱団が迎え入れているように、視覚効果も含めて感じられた。それはまるで、昇天する魂を、大勢の天使たちが歌いながら迎え入れているように見えた。演奏前は、合唱団の人数の多さに正直びっくりした。しかしこの数の効果によって、天上の雲の輝きとそこに飛び交う天使の姿を表現し得たように見えた。プロの合唱団が少人数で精度の高い演奏を聴かせてくれるのも勿論良い。しかし大人数による協業でないとできない表現も確実に存在する。今日はまさにそれが実現していた。雲の上まで昇天し、天使たちの合唱に迎えられながら、神の許に行きたい、というブルックナーの永遠の夢を、音楽によって実現していた。
posted by ゆかもん at 19:13| Comment(0) | 遠藤啓輔のコンサート日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする